江戸時代を代表する大名庭園「六義園」がある東京・駒込で40年以上。住宅街の一角に店を構える「寿司 髙はし」は、江戸前の仕事を大切にしながら、独自の進化を続けてきたお寿司屋さん。
「寿司屋にとって、お酢を変えるのは、とんでもないことなんです」と店主の髙橋慎一さんは言い切ります。”シャリ酢(酢飯を作るときにご飯に合わせる調味液)”は、店の味そのもの。長年通うお客さまの記憶を支える大切な存在だからこそ、酢を変えることは、店の歴史を変えることにも等しいのだと。
そんな髙橋さんが、修業時代から使い続けてきた酢から内堀醸造の酢へと切り替えたのが約20年前。その決断の裏にあった髙橋さんの思いとは? そして今に至るまで20年以上内堀醸造の酢を使い続ける理由を伺いました。
営業担当者の「もう一度食べたい」という思いがきっかけ
髙橋さんが寿司職人として歩み始めたのは18歳のとき。東京・王子の団地内にある寿司店で修業を積み、その後、虎ノ門の寿司店、八重洲富士屋ホテル内の「日本料理 鮨処 桂」で腕を磨きました。29歳で独立して以来40年以上、駒込の地で暖簾を守り続けています。
髙橋さんと内堀醸造の出会いは、約22年前に遡ります。きっかけは、現在の営業企画部部長の内川直之さん。当時まだ20代で営業担当だった内川さんは、取引先を通じて知り合った食品会社の人に「おいしい寿司店がある」と誘われて訪れた「寿司 髙はし」の味に衝撃を受けたといいます。
「転職して北海道から上京し、東京で本格的な江戸前寿司を食べたのは初めてのことでした。あまりにおいしくて、もう一度食べたいと思ってしまったんです」(内川さん)
とはいえ、20代の若者が気軽に通えるようなお店ではありません。そこで「おいしいものが好きな社長を連れていこう」と思い立ち、翌週には社長を誘って再び店を訪れました。
「もちろん酢の会社であることは髙橋さんにお伝えしましたが、うちの酢に切り替えてほしいという営業ではなく、単純にお寿司がおいしかったので社長を連れてきましたという感じでした。まあ、下心がまったくなかったといえば嘘になりますが……」と当時の本音をポロリ。
ありがたいことに髙橋さんから「一度ちょっと味見させてほしい」との申し出があり、後日、内堀醸造からさまざまな種類の酢が髙橋さんの元に届けられました。
とはいえ、髙橋さんは「お客さまを裏切ってはいけない」とすぐに酢を切り替えようとはしませんでした。
「寿司屋にとって、シャリ酢は店の味の根幹。長年通ってくださるお客さまが『いつもの味』を求めて来てくださる以上、簡単に変えるわけにはいきません。何度も試作を重ね、配合を見直し、長年使ってきた酢と内堀さんの酢と、どちらのシャリがおいしいか、スタッフ全員によるブラインドテイスティングで味の確認作業を繰り返しました」(髙橋さん)
その試行錯誤は約2~3年に及び、満場一致で内堀醸造の酢に軍配が上がったとき、髙橋さんは酢を切り替えることを決断しました。
「私の基本的な考え方としては、おいしいほうがいいよね、というのがあるんです。みんなが内堀さんのお酢のほうがおいしいと選んだのであれば、それが正解」(髙橋さん)
惹かれたのは味だけでなく、ものづくりに対する丁寧な姿勢
髙橋さんが内堀醸造の酢を選んだ理由は、味だけでなく、ものづくりに対する姿勢にあるといいます。
「修業時代は、お酢がどんなふうに造られているかもよくわかっていませんでした。当時使っていたお酢を、独立後もそのまま使い続けていましたが、内堀さんのお酢の造り方を聞いて驚きました。まず日本酒のもろみを造るところから始め、その日本酒のもろみを発酵させて造っていて、それがお酢本来の造り方なのだと」(髙橋さん)
その後、2006年に長野にできたアルプス工場を見学した髙橋さんは、さらに確信を深めました。原料をとことん選び抜き、時間と手間をかけ、発酵と向き合いながら丁寧に酢を造る。その姿勢を目の当たりにして、髙橋さん自身が日々カウンターで積み重ねてきた仕事と、どこか通じるものを感じたのかもしれません。
「よく取材で『おすすめのもの3点お願いします』と言われるのですが、『卵焼きとかんぴょう巻きとお稲荷さんです』って答えると、『地味ですね』と。でもね、これ全部市場では買えないもので、うちで作っているオリジナルです」(髙橋さん)
「米に馴染むやさしい味。ちゃんと造ると、お酢ってこういう味になるんだ」
現在、「寿司 髙はし」では、酢飯には「美濃特選本造り米酢」に「美濃三年酢」を少しだけ混ぜて、ガリには「まろやか酸味の米酢」、コハダなどの締めものには「まろやか酸味の米酢」と「美濃三年酢」をブレンドして、と3種類の酢を使い分けています。
「まず旨味が違う。米になじむし、優しい味なんです。ちゃんと造ると、お酢ってこういう味になるんだと教えてもらったのが内堀さんのお酢です」(髙橋さん)
髙橋さんが繰り返し口にするのは、「優しい」という言葉です。酢が前に出すぎるのではなく、米や魚の味を引き立て、口の中で自然にひとつになる。その穏やかな存在感こそが、髙橋さんの理想とする寿司に欠かせない酢でした。
一方の内堀醸造にとっても「寿司 髙はし」は特別な存在でした。
内堀醸造は、もともと「よいものをつくれば、価値をわかってくれる人が必ずいる」という考えのもと、ものづくりを何よりも大切にしてきた会社です。酢を原料とするマヨネーズやケチャップを作る食品メーカーに対する働きかけはしてきましたが、個人店に営業する機会はそんなに多くはありませんでした。だからこそ、東京の一軒の個人寿司店が、2年という長い時間をかけて自社の酢を選んでくれたことは、内堀醸造にとってもかけがえのない出来事だったのです。「多くのお寿司屋さんが、味を守るために変化しないことを良しとするなかで、髙橋さんがうちの酢を認め、酢を変えるという決断をされたことが本当に嬉しかった。食文化は時代と共に少しずつ変化しているので、その時々のベストを追い求めて常に変化していきたいというのがわが社の考え方。僭越ではありますが、髙橋さんと考え方が一致したように思えたんです」(内川さん)
噛むごとに味わいが増していく。口の中で”進化する”寿司
髙橋さんには、おいしい寿司を提供するために大切にしている「5つの”り”」があります。それは、「ガリ(新生姜の酢漬け)、シャリ(酢飯)、のり、煮切り、あがり(お茶)」の5つ。ガリは新生姜の季節に1年分を仕込み、酢飯は農家指定の有機米を内堀醸造の酢をベースにした合わせ酢で。分厚く口溶けのいい海苔は有明産、煮切りには最上級のしょうゆを使い、お茶はこだわりのブレンドを。
「どれも単品ではお金をもらえないものばかりです。でも、ひとつひとつがちゃんとしていないと、『髙はし』の寿司にはなりません」(髙橋さん)
「10回以上は噛んでくださいね。噛み進めるうちに口の中でシャリとネタが混ざって、もうちょっと味わっていたいと思う。そんなふうに口の中で変化していく寿司が、私が考えるおいしい寿司です」(髙橋さん)
手間を惜しまず、よりよいもの、よりおいしいものをつくりたい。そのためには変化を恐れない。そんな思いを共有するつくり手と職人が出会い、育んできた22年。「寿司 髙はし」と内堀醸造の物語は、ものづくりに終わりがないことを教えてくれます。
寿司 髙はし
住所 東京都文京区駒込1-42-2-102 / TEL 03-3947-5125 / 営業時間 11:00~20:30 / 定休日 火曜・水曜 / Instagram@takahashi.waketaka /
*隣に分店「分髙(わけたか)」もある
住所 東京都文京区駒込1-42-2-103 / TEL 080-1724-0806 / 営業時間 11:00~14:00、16:00~22:00 / 定休日 火曜・水曜 / Instagram@waketaka.komagome
取材日:2026年6月12日
(Edit&Text:Noriko Wada Photo:Yosuke Suzuki)