基本理念「酢造りは酒造りから」
「酒から作る」と書いて「酢」、そして英語の酢=vinegarがフランス語のvinaigre=vin(ワイン)+aigre(酸っぱい)を語源としていることからも分かるように、酢造りは酒造りから始まります。
内堀醸造は、できるだけすべての工程を自分たちでつくりあげるという酢造りへの思いを大切にしています。この考え方はワインビネガー造りにおいても変わりません。
内堀醸造では何種類ものワインビネガーを醸造していますが、毎年ぶどうの収穫の時期に、採れたてのぶどうをしぼって造る特別なワインビネガーが「甲州葡萄酢」。今回は酢造りの現場から、その仕込みの様子をお届けします。
甲州ぶどうを自社でしぼる丹精込めたワインビネガー
夏の暑さがわずかにやわらぐ9月。この時期になると旬のおいしい時期に収穫された山梨県産の甲州ぶどうが届きます。すると始まるのは、このぶどうを贅沢に使ったワインビネガー「甲州葡萄酢」造り。2016年9月の発売以来、毎年手間暇かけて造られる内堀醸造こだわりの商品です。
「甲州ぶどう」は、日本固有の白ぶどう品種。たわわに実ったやや大ぶりの果実は、口に入れると強い甘みの後にしっかりと酸味を感じる濃厚な味わい。ワインにも使われる品種とあって食用品種と比べると水分が少なく、その分糖度も高くなっています。このぶどうだけで甲州葡萄酢は造られています。
ぶどうの風味を最大限に活かす繊細なしぼり作業
酢造りの始まりは、このぶどうをしぼるところから。内堀醸造では専用の搾汁機を使い、仕入れたその日から皮ごとぶどうをしぼります。房状のぶどうはまず機械で実と枝を分け、実の方を搾汁機に。最初は果実の重みだけで、濁りのある果汁がどんどん滴り落ちていきます。
仕込みを担当する酒造り課の伊藤優香さんによると、「自重のみでしぼった果汁は、渋みがなくまろやか。ここから7段階に圧力を調整して、さらにしぼっていくんです」。この搾汁機の仕組みは風船圧縮と呼ばれるもの。ランドリーのようなタンクの中に空気で膨らむ装置が入っており、膨らんだ風船がぶどうを押し潰すことで果汁をしぼり取る仕組みです。
ぶどうは皮までしぼり切ると渋みが出てしまいますが、皮と果実の間はコクがあって最もおいしい部分。こうしたぶどうの良い部分を余すところなく抽出すべく、現場では細やかな調整を行いながらしぼり作業を行っています。「以前はスクリュー式の搾汁機を使用していましたが、今の空気圧式に替えたことで皮が傷つきにくくなって、えぐみが出なくなりました」と、伊藤さん。今年は、2週間かけておよそ10トンの甲州ぶどうをしぼりました。
しぼりたての果汁は、オレンジ色に近い琥珀色。飲んでみると果実のときよりさらに甘みも酸味も強く、むせかえる程の濃さと豊かな香りです。このまま瓶詰めしてジュースとして販売したいくらいのおいしさですが、内堀醸造の真骨頂はここから!いよいよワインビネガーの出来栄えに直結するワイン造りの工程に入ります。
内堀醸造だからこそのこだわり ワイン造りの工程
冒頭でも紹介したようにワイン造りは特に大切なプロセス。そのためワインビネガーに携わる社員はワイナリーに出向いてワイン造りを基礎から勉強しています。これも甲州葡萄酢に内堀醸造の理念がしっかりと息づいているからこそなのです。
しぼりたてのぶどう果汁に酵母菌を入れると、その日のうちにアルコール発酵が進んでワインのもろみができます。すると液体の表面にはブクブクと泡の姿が。これはぶどうの糖分がアルコールに変わる際に二酸化炭素が発生するためで、この泡の様子を見て発酵具合を確認します。アルコール発酵が終わると続いて酢酸発酵に進み、甲州葡萄酢が完成。発酵の工程全体としては約1カ月を要します。
ワインビネガーと内堀醸造の歴史
内堀醸造の歴史を語る上で「ワインビネガー」は欠かせない存在。実は日本で最初にワインビネガーを造ったのは3代目の内堀信吾。戦後まもなくして白ワインビネガーが完成すると、3代目はその足で夜行列車に乗って東京の帝国ホテルへ。飛び込みでこのワインビネガーを売り込んだところ当時の料理長に気に入ってもらえ、レストランで使ってもらえることに。今もなお帝国ホテルでは内堀醸造のワインビネガーが使われています。なかなかドラマチックな逸話です。
さらにぶどうに関してはこんな写真も残っています。1990年代に撮られたスナップ写真に写っているのはぶどう棚と、奥に見えるのは本社工場…?内堀醸造では、ワインビネガーに使うぶどうを社員全員で育ててワインビネガーを造っていた時代があったのです。こうした社一丸となった飽くなき挑戦にも天井知らずの探究心にも、内堀醸造の一途に良い商品を造りたいという思いが表れています。
現在このぶどう棚はありませんが、仕込みに使うぶどう果汁を自社でしぼるという取り組みは、今なお継承されているワインビネガー造りの精神。根っこにある「酢造りは酒造りから」という理念と、ワインビネガーの、ひいては酢造りの探究者たる信念と――「甲州葡萄酢」はその両方を受け継いだ商品です。
完成した白ワインビネガー「甲州葡萄酢」は、匂いをかぐと鼻に抜ける香りがとてもフレッシュ。やや強めの酸味は、魚介や野菜と合わさると華やかさをまといつつ、味わいをキリッと引き締めます。爽やかでキレのある甲州葡萄酢は白ワインと同様、白身魚やホタテのマリネ等、風味そのものを活かす料理に特によく合います。ちなみに国内のワインビネガーは酸度4.5~5.0%なのに対し、甲州葡萄酢は酸度6%と本場ヨーロッパにならったもの。この清涼感のあるドライな風味は、ぜひ一度試していただきたい味わいです。
今年も続々と仕込みを終え、出荷の時を迎える「甲州葡萄酢」。こだわりがつまったこの1本、ぜひご自宅の調味料のラインナップに加えてみてください。
取材日:2025年9月18日(Edit & Text : Yoshiko Sakata Photo: Fumitake Hiraguri)