内堀醸造の本社工場がある岐阜県の郷土食、朴葉寿司を知っていますか?
朴の葉に酢飯と具材をのせて包んだものですが、
東京・富ヶ谷で和食店「七草」を営む前沢リカさんは、
毎年6月ごろになるとコース料理の一品として提供し、
さらにはテイクアウトでの販売もしています。
「朴葉というと、枯れた茶色い葉っぱの朴葉味噌を
イメージする人がほとんどですが、
新緑の朴葉はとても美しい緑色。
それにご飯を包むという行為自体が素敵ですし、
包みを開けるときは中に何が入っているのかワクワクします。
昔は”へぼ”と呼ばれる蜂の子が入っていたと聞きますが、
基本的にはきゃらぶきや椎茸といった素朴なもので、
とはいえきちんと手間も時間もかけたもの。
その土地ならではの、
地に足のついた暮らしから生まれた食べものというところに惹かれます」
と朴葉寿司愛を熱く語ります。
そこで今回、前沢さんが「地元の朴葉寿司を習いたい!」ということで、
内堀醸造の社員と共に岐阜県恵那市を訪ねました。
(2025年6月13日訪問)
茨城県生まれ。うなぎ店の3女に生まれ、幼少期から厨房で育つ。大学卒業後、ファッション企業に勤めた後、料理の世界に入る。野菜料理と江戸料理の店で経験を積み、2003年に東京・下北沢に「七草」をオープン。和食の基本を押さえつつ、洋のエッセンスも取り入れた料理に定評がある。2017年2月に東京・富ヶ谷の現店舗に移転。料理教室、雑誌等へのレシピ提供も。
朴葉寿司は田植え作業のねぎらい飯でした
岐阜県恵那市は、内堀醸造の本社工場がある八百津町から車で約1時間ほど。日本初の水力発電専用ダム(大井ダム)によって生まれた恵那峡で知られています。周囲は日本百名山に囲まれ、雄大な木曽川と美しい渓谷、棚田が広がる自然豊かな場所。
「朴の木の大きな葉っぱで、いろいろな具材をのせた酢飯を包んだ朴葉寿司は、もともとは田植え作業のねぎらい飯でした。田植えは昔、家族だけでなく近隣の人も参加した共同作業だったので、その労をねぎらうために、朴葉寿司が振る舞われたんです」と小椋日南恵さん。「恵那の朴葉寿司プロジェクト」のメンバーのひとりとして、郷土の食文化の継承や地産地消、食育に尽力しています。
取材にお邪魔する1週間前、6月7日は、恵那市北部にある中野方町棚田で毎年「田の神様ともしび祭り」が開かれる6月の第1土曜日。田の神様に田植えが終わった報告と豊作祈願のため、小椋さんも「恵那の朴葉寿司プロジェクト」のメンバーとして、朴葉寿司をたくさん作って参加されたとか。
朴の木の葉っぱは、5~6月の初夏に青々と大きく茂り、柔らかくて香りがよいこの季節にしか朴葉寿司は作れないといいます。
「恵那では春先から桜、梅、桃、モクレン、コブシなどの花が咲き乱れ、淡い新緑が出始めると、今年の朴葉はいつ頃が一番良いかしらと気になり始めるんです。朴の木って、他の木よりも大きくなろう、大きくなろうとぐんぐん伸びていきます。葉っぱが風になびくと白っぽい裏側がキラキラキラキラって光るのが私は大好き。この時期になると本当にワクワクしますね」と目をキラキラさせながら語る小椋さん。
岐阜にはさまざまな木がある中で、そもそもなぜ朴の葉に包むのでしょう?
「朴の葉には抗菌作用があり、他の木の葉に包むより日持ちがいいんです。農作業や山仕事に行くときに、朴の葉にお昼ご飯を包んで持って行ったのがそもそもの始まり。でも、そのころは、朴葉寿司のように具材をいろいろのせていたわけではなく、本当に素朴で、葉っぱをパタンと2つ折りにしただけのものだったと思います」と小椋さん。
朴葉寿司作りはお母さんたちの情報交換の場

「みなさんも毎年朴葉寿司を作っているんですか?」と前沢さんから全員が岐阜出身の社員に質問が。
朴葉寿司作りは、まずは朴の葉っぱを洗うところから始まります。
「昔は50個とか100個とか、たくさん作って周囲に配っていたので、何人かで集まって作っていました。みんなで雑談しながら、うちではこうして包むとか、こういう具をのせるとか、お母さんたちの大事な情報交換の場所でもあったんです。各家庭によって包み方や具がそれぞれ違うので、お互いの工夫や知恵、味をシェアしながら進化してきたんでしょうね」と小椋さん。
みんなでワイワイ話しながら一緒にやれば、30枚以上あった葉っぱの下処理もあっという間。葉っぱが用意できたら、次は酢飯の準備です。
酢飯の合わせ酢は穀物酢と米酢をブレンド
合わせ酢に使うのは、内堀醸造の「やわらか酸味の穀物酢」と「まろやか酸味の米酢」。
「料理教室では、いつも内堀さんのお酢を使わせていただいています。2023年に『全国発酵食品サミット』が恵那で開かれたときも、内堀醸造さんにはご協力いただきました。その節は大変お世話になりました」と小椋さん。
酢飯【材料(朴葉寿司30個分)】
米…8合
昆布…2枚
合わせ酢
まろやか酸味の米酢…100㎖
やわらか酸味の穀物酢…45㎖
砂糖…136g
塩…20~24g
作り方
- 米は炊く30分前に洗ってざるに上げ、同量の水と昆布を入れて炊飯器で普通に炊く。
- 合わせ酢を作る。酢と塩を鍋に入れて弱火にかけ、木べらで混ぜながら塩を溶かす。
- 塩が溶けたら火からおろして砂糖を加え、余熱で溶かす。
- ご飯が炊き上がったら、飯台にあけ、合わせ酢をかけて木べらで手早く混ぜ合わせる。
合わせ酢を作るときのポイントは、先にしっかり塩を溶かしてから砂糖を加えること。そして沸騰させないことです。「塩がちゃんと溶けていないと味にムラができてしまい、沸騰させるとお酢らしさが消えてしまいます」と小椋さん。
次世代につなげるために具材や作り方にも変化が
朴葉寿司とひと口に言っても、岐阜県の飛騨、中濃、東濃とエリアによって包み方や具材にも違いがあるそう。おおまかに分けると、東濃地方は酢飯の上に具材をのせて四角く包み、中濃・飛騨地方は酢飯に具材を混ぜて半分に折りたたむスタイル。
恵那は東濃地方ですが、中山道や飛騨街道(南北街道)、中馬街道などが交わる地点で物流が盛んだったことから、山の幸だけでなく海の幸、でんぶや錦糸卵なども盛って豪華で華やかだといいます。
「昔ながらの具として欠かせないのは、〆鯖とアサリのしぐれ煮。海がない岐阜では、海の幸はご馳走だったんです。あとは、山の幸としてきゃらぶき(山ぶき)と椎茸の甘辛煮、彩りに錦糸卵とでんぶもマストです。錦糸卵を作るときは、お酢を少し使っています。昔の人は、お酢を使うと日持ちや発色がよくなるとか言って、お酢を入れていたので、やわらか酸味の穀物酢を使いました。あとはその時々でさやえんどうや破竹などをのせることもありますが、家庭によってそれぞれ違いますね」
ピンクのでんぶや黄色い錦糸卵があるとはいえ、全体的にはどうしても茶色くて地味な印象。そこで、若い世代にも食べてもらえるようにと、子どもが好むツナ缶や鮭フレーク、海老やスモークサーモン、焼肉、彩りに紅生姜や紫蘇の実、ピクルスや人参の甘酢漬けなどが加わっていったそう。この日並んだ具材はなんと20種類以上!
「郷土食として朴葉寿司を未来につなげて残していくためには、時代に合わせてチャレンジしていくことも必要。きゃらぶきは伝統的な保存食ですが、今日は甘辛く煮た昔ながらのものと、臨醐山黒酢でさっぱり仕上げたものと2種類用意しました。焼肉も現代ならではの具。恵那市産の豚肉を炒めるときに臨醐山黒酢を加えていますが、香りがよくなり、味も締まって酢飯にぴったりなんです。じゃあ、早速みなさん作ってみましょう。まずは私が1つ作ってみますね」と小椋さんが手にしたのは、なんと小さな豆腐のパック!
昔は朴葉に酢飯をのせてから、その上に具材を並べていったそうですが、豆腐パックを使うと四角くきれいに作れるうえ、急な来客があったときなど、家にある具材で少量作るには手軽で便利。小椋さんは、料理教室でこの作り方を教えているといいます。時代に合わせて作り方を工夫していくことも、次世代に朴葉寿司を伝えていくために大切なこと。
「酢飯を押さえつけると旨みが逃げてしまうので、ふわっと詰めるのがポイント。具は赤と黄色と緑と黒があれば大体まとまります。最初に黒いものを、そして四隅から順に置いていくとバランスがとりやすいと思います。朴葉の上に出したときに色が足りないなと思ったら、上から足せばいいのであまり考え過ぎず、オリジナリティを発揮して作ってみてください」と小椋さんに促され、それぞれが豆腐パックを手に具材の前へ。
「最初は黒いものからって言ってましたよね」「肉と魚は一緒にのせちゃダメなのかしら」「具の数はどのくらい?」「やっぱり日本人だから奇数で5とか7?」「具は重ねちゃだめよね?」などなど、最初は迷いながら具材に手を伸ばしていましたが、2個め、3個めと進むうちに次第にスピードアップ。
四角い箱の中にそれぞれが思い思いの具を詰めた朴葉寿司があっという間に30個完成しました! ちょっとご飯の量が多いもの、具がこぼれ落ちそうなもの、端正なもの、自由奔放なもの……ひとつとして同じものはありません。
朴葉寿司を作る楽しさ、食べるワクワク感を共有
「今日は各自でそれぞれの朴葉寿司を作っていただきましたが、昔は4~5人で集まり、リーダー的な人が完成形の見本を作って、Aさんは椎茸担当、Bさんはきゃらぶき担当、Cさんは錦糸卵担当……というふうに流れ作業で酢飯の上に具材をのせていったんです」と小椋さん。すると、「うちのほうでは、今もテーブルに朴葉を50枚から100枚くらいずらっと並べて、列になって具をのせていくやり方です」と小椋さんと偶然にも地元が同じだという内堀醸造の細野ちとせさん。「そこに子どもを入れるとすごく喜ぶんですよね。『私、卵にする!』とか『ぼくはアサリのしぐれ煮!』って率先して。大人が具のバランスを間違えて足りなくなったりすると、『そっちをちょっと減らして、こっちに足して』っていうやり取りが子どもには楽しいみたいで、『お母さん下手~』って大人がからかわれたりして」
子どもに郷土食を伝えていくうえで大切なことは、知識として教えることではなく、経験を共有することだと小椋さんは言います。
「郷土食というのは、誰かのため、みんなのために手間をかけて作るもの。そうした郷土食から子どもがどんどん離れて行ってしまうのは、今は簡単においしいものがいくらでも手に入る時代だから。だからこそ、作る楽しみやワクワク感と共に伝えていくことが大事だと思っています。味は忘れてしまっても、朴葉寿司を作ったときの、包む楽しさ、開けるときのワクワク感、その場の雰囲気というのは記憶に刻まれるものだと思いますから」と小椋さん。
最後は、「恵那の朴葉寿司プロジェクト」のメンバーが作ってきてくれた味噌玉のお味噌汁と一緒に試食タイム。デザートに小椋さんお手製の水羊羹も振る舞ってくれました。
「自分がどれを作ったか覚えておいてくださいね」と小椋さんから釘を刺されていたにもかかわらず、もはや自分が作った朴葉寿司がどれだかわからなくなってしまった前沢さん。「何が入っているのかドキドキするのも朴葉寿司の楽しいところ」と前にあった朴葉寿司を手に取って包みを開くと、昔ながらのきゃらぶきや〆鯖をのせたもの。「気負いがなくて優しい味ですね。こういうのがしみるお年頃。でも次はパンチのある肉バージョンだと嬉しいな」と期待しながら2つ目を開くと、上にはサーモンが。「あー、肉ー」と小さなつぶやきが聞こえたのか、「これ肉なので、どうぞ」と隣のテーブルから。「いやいや、いいです、いいです」「いえいえ、どうぞどうぞ」と押し問答するやり取りを笑顔で見守る小椋さん。
「みなさん1個では絶対終わりませんね。それで朴葉寿司のご飯の量を1つ80gにしています。2つでちょうどご飯一膳分になりますから。今日は1人3個ずつで30個作っていますので、ちょっと食べ過ぎかなと思いながら3個食べてもいいですし、持ち帰って明日の朝ごはんにしてもいいですし、冷凍しても。じつは冷凍したものを蒸すと、朴葉の香りがよりいっそう際立って、それもまたおいしいんです」と小椋さんが冷凍しておいたものも持ってきてくれていました。
「温めた朴葉寿司は、酢飯もまろやかになり、食感もふっくら。具の味が酢飯になじんで、より深い味わい。冷凍ができるのは発見でしたね。これなら日本全国に発送するのはもちろん、世界進出もできますよ」という前沢さんに、「冷凍するのはあくまで二次的な楽しみ方」と小椋さんはやさしく諫めます。「生の葉っぱの朴葉寿司が食べられるのは初夏だけ。風物詩的な郷土食なので、まずは冷凍ではなく、季節の味を楽しんでいただきたいですね」
「これからも季節の郷土食として朴葉寿司をずっと受け継いでいってほしいですね。そういえば昔そんな食べものがあったよねと過去のものにならないよう、わたしも東京で朴葉寿司活動をしていきたいと思います。今回は、より朴葉寿司に近づけた気がしてとても嬉しいです。来年は朴の葉を収穫する援農ボランティアとしてまた恵那にうかがいたいです!」と前沢さん。
恵那市では、朴葉寿司作り体験や朴葉の収穫体験なども実施。市内で朴葉寿司が味わえる飲食店を紹介した「朴葉寿司マップ」も配布しているので、朴葉寿司の季節に恵那市を訪れてみては?
取材日:2025年6月13日
(Edit & Text : Noriko Wada Photo: Yosuke Suzuki)